【仏教とIT】第17回 響け!家出僧侶のバイブス
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僧侶、家出する。



お釈迦さまは29歳のとき、妻子も王族の跡継ぎという立場もすべて捨てて出家し、35歳でさとりを開いた。その後、80歳で涅槃に入るまで、45年間の遊行の旅を続けた。

このことがルーツになって、私たち日本の僧侶は、「出家者」と呼ばれることがある。雑誌のインタビューなどでは「出家されたのはいつですか?」と尋ねられたりする。



「出家」ないし「出家者」が意味することはわかるので、「修行して僧侶になったのは○○歳のときです」などと答えるが、実際には「お釈迦さまみたいにすべてを捨てて家を出てないよなぁ」「お寺に住んでこそ住職だもんなぁ」と違和感が拭えない。まあ、インドと違って、日本は寒暖の差が激しいから、お釈迦さまみたいなさすらいの生活は望むべくもないのだけれど。

そんな風にモヤモヤしていたら、今年5月、本当に出家(ご本人の言い方では「家出」)する僧侶が現れて驚いた。浄土宗称名寺(京都府久世郡久御山町)の稲田ズイキさん(26)である。ツイッターには「修行のために、寺を出て家を捨てました。出家のち家出」だと書いている。




稲田さんのこのツイートにフォロワーたちが反応し、ツイッター上で支援の輪が広がり、「うちに泊まってってください!」との声が相次いだ。ただし、困ったことに、北は青森から、南は鹿児島、そして海外はアムステルダムからと、エリアがばらばら。近距離に住んでいるフォロワーを探しても交通費はやはり馬鹿にならず、「定住するほうが安い」と嘆くが、ともかくも2ヵ月以上、お釈迦さまのごとく出家生活を送っているのだからスゴイ。

そしてもうひとつスゴイのは、家出するにあたってのWebコラム「僧侶、家出する。」(幻冬舎plus)で、僧侶としての至らなさを、「僕のお経なんか、説法なんか、うんこ以下の価値だ」と認めていること。言い回しが小学生並に下品であることはさておき、お坊さんにありがちな気取りっぷりが、微塵もないのは素晴らしい。


仏教が腑に落ちない日々



私と稲田さんとの付き合いはまだ2年足らずだが、話を聞くかぎり、彼はずっと僧侶としての生き方を模索している。しかも、「伝統」という名の圧力に屈することなく、常に全力投球で。

称名寺の跡取りとして育った稲田さんは、大学院在学中の平成27年に修行を終え、僧侶となった。しかし、田舎のお寺で葬儀や法事などを淡々と行う生活にまるで希望が見出せなかったため、修行生活中のモチベーションは低く、筆記試験では大喜利のような珍回答を書いて怒られる問題児だったという。

転機となったのは、宗派を超えた若手僧侶によるフリーペーパー「フリースタイルな僧侶たち」との出会いだった。そう、私が10年前に創刊した媒体である。修行を終えて帰ってきた稲田さんに、称名寺住職の父親が「フリースタイルな僧侶たち」を渡してきた。そこに紹介されていた若手僧侶たちの新しい取り組みに触れたとき、一気に視界が広がった。

大学院卒業後に東京でWebコンテンツを制作する企業に就職する予定だったが、この影響から「大学院で研究に時間を費やすよりも、お寺を舞台にした映画を撮影して地元に恩返しをしたい」と志すようになった。そして、修士号取得を諦める代わりに、称名寺を舞台に稲田さんファミリーや檀信徒さんが総出演する映画「DOPE寺」を企画。クライマックスでは、僧侶としての生き方をめぐって住職とラップバトルを繰り広げ、それをご年配の檀信徒さんが踊りながら見守るという、地域に密着したお寺でしか撮れない唯一無二の映像作品に仕上がった。



大学院中退後は、1年間のサラリーマン生活を経て、お坊さんが忘れられない失恋を供養する失恋浄化バー「失恋供養」などの仏教コンテンツを開発したり、ライターとして仏教コラムを書いたりして生計を立ててきた。しかし、仏教を扱うたびに、自分のなかで仏教が腑に落ちていないことが苦しかったという。「お坊さんの法話って一方的です。だから伝わった気になれる。でも本当に伝わったかどうかはわからない。対話したい。対話するには他人の家に転がり込むのが一番早い。ということで家出しました」と稲田さん。なるほど、一見奇妙な「家出」にも、しっかりと筋が通っている。


バイブスでつながる時代



そのような家出の意図であれば、見知らぬ相手と対話してこそ修行なので、「私のところに泊まりに来るな」と言ったら、どういうわけか、稲田さんは私のところに泊まりに来た。

夕食のあと深夜まで語らった。そしてどこへともなく旅立っていった


幸い、お寺には客間もあれば、客人用の布団も座布団もある。だから、泊めてあげるのに訳はないが、一般家庭にはそのような準備がない時代。でも、「SNSでの薄いコミュニケーション全盛だから、リアルに泊まりに行くと喜んでもらえる」のだとか。「客間なんてなくても、バイブスが合うなら、リビングで一緒に過ごそうということになります。ご飯食べさせてもらって、泊まらせてもらって、しかも、感謝されます。お布施もらったこともあります」という。
稲田さんへの支援は「宿の提供」だけでなく、フレンドファンディングアプリ「polca」でも広がっている。

ただ家から家へ泊まり歩くだけのお坊さん――お釈迦さまの遊行がルーツにあるとはいえ――が支援されるのは、バイブスの合うお坊さんを応援することで、応援したほうも元気になる。そんな心理構造が働いているのだろう。かっちりと枠にはまったお寺と檀信徒の付き合い方とは、まったく異なる新しい形だ。まるでアイドルとファンの関係のようである。

ところで、肝心の家出の目的。つまり、仏教が腑に落ちたか。聞いてみると、
「いやーわかんないっす。でもだいぶ楽になりました」という。

「平成生まれの人って、社会が決めた生き方を歩むのではなく、自分たちで自分らしさを探すように求められます。でも、生き甲斐が見出せずさまよっている僕に、泊まってほしいと声をかけてくれる人がたくさんいました。自分らしさなんてなくても、必要とし合える人が何人もいるなら、それで充分幸せなことだと思いました」

稲田さんは宿泊先に名前シールを張って聖地認定をしている。聖地には繰り返しやってくるらしい。リビングに雑魚寝で仏教を語る旅を続けた先には、令和の時代の仏教が広がっているに違いない。

龍岸寺も聖地認定を受けた。ありがとう


アイキャッチ撮影:オガワリナ(https://twitter.com/Rinatie)

池口 龍法氏
池口 龍法氏

【著者】池口 龍法
1980年兵庫県生まれ。兵庫教区伊丹組西明寺に生まれ育ち、京都大学、同大学院ではインドおよびチベットの仏教学を研究。大学院中退後、2005年4月より知恩院に奉職し、現在は編集主幹をつとめる。2009年8月に超宗派の若手僧侶を中心に「フリースタイルな僧侶たち」を発足させて代表に就任し、フリーマガジンの発行など仏教と出合う縁の創出に取り組む(~2015年3月)。2014年6月より京都教区大宮組龍岸寺住職。著書に『お寺に行こう! 坊主が選んだ「寺」の処方箋』(講談社)、寄稿には京都新聞への連載(全50回)、キリスト新聞への連載(2017年7月~)など。
■龍岸寺ホームページ http://ryuganji.jp
■Twitter https://twitter.com/senrenja
《池口 龍法》